お茶のヤマト

お茶と人々

蒲生氏郷 (1556-1595) 茶の湯は千利休門下七哲の一人。
安土桃山時代の武将。初名、賦秀(やすひで)。蒲生賢秀の子。織田信長・豊臣秀吉に仕え、小田原・奥州出兵に活躍。会津92万石を領す。キリスト教に入信

初め近江国日野城城主、次に伊勢国松阪城城主、最後に陸奥国黒川城城主。近江国日野城城蒲生賢秀の嫡男。初名は賦秀(のりひで。または、ますひで)。またキリシタンとしての洗礼名はレオン(或いはレオ)。子に蒲生秀行

お茶と人々索引 お茶壺道中

参考資料:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
藤波イズム 100名城制覇の道       
近江日野町                   

茶用語集 り行

お茶の大和 熊本市南区南高江7丁目5−11